プールサイドで
今年の夏、私は三週間ばかりテキサスの長女の所に居ました。テキサスの夏の暑さは格別でしたが、私はそこで毎日裏庭のプールで水遊びをしていたのです。
水の中で歩くと膝の運動になると言われているので、プールに入るのも、実は今度の旅行の目的の一つでした。
私は、プールはここのにしか入りません。よそのプールは衛生が信用できないし、この体形を衆人環視の中に晒す勇気もありません。孫達は、「安心よ、おばあちゃんよりずっと肥って見っとも無い年寄りでも、平気で入っているから」とへんな慰め方をしてくれますが。其の孫達にも私は見られたくなく、以前来た時には、孫達の、学校に行っている時間を見計らってプールに入っていました。あれから何年たったのでしようか、孫達は皆大学に進学して他所に居るので、今年は誰にも気兼ねなく水着姿になれました。プールの淵に沿って植えられた潅木が、水に影を落としていて、其処なら涼しいのです。
プールに入るのは何年振りでしょうか。昼近くの日差しに暖められた水はそんなに冷たくなく、足をそろりそろりと差し入れ、腰、胸、と体を沈めて、首まで入った時の快感。そろりそろりとプールの縁を掴みながら木陰に向かって歩く私をかばって、長女が浮き板を持って水に入って来ました。金槌の私には浮き板が必要なのです。以前来た時、浮き板を取り落として水の中に沈没した事がありました。あわてて、体が逆様になっているのも知らず、必死になって足をめったやたらに蹴ったのですが、当然の事に足が底に付く筈がなく、幸い直ぐ傍に居た長女が引っ張り上げてくれて命拾い。立ち上がってみたら、実は胸ほどの深さの所で溺れかけていた訳で、面目も無かったけど、確かに怖い思いでした。それもあるし、膝もずっと弱っても居るので、この危なっかしい母親を一人で水に入れてはいけない。と言うのが、子供達の約束だったようです。すらりと形良く痩せている長女の水着姿はとても美しく、こんなに綺麗なのに一人ぼっちになって、と不憫な気持ちが心を過ぎります。
でもそれはそれで、私は気に入った水遊びに毎日熱中していました。水の中での足の体操。バレーのように足が自在に動いてくれます。其のうちに水に慣れて怖く無くなり、浮き板を使ってプールの端から端まで泳ぎの真似事をしたら、見物に来ていた次女が 「マミ凄い、太平洋横断だ」 と囃し立て、プールサイドで小説を読んでいた主人まで水の中に引き入られてしまいました。
毎日そうして二時間ばかり遊んでいましたが、水の中に長い事浸かっていると、水の浮力に慣れて、上がる時、体がとても重く感じられます。それも水遊びの経験の少ない私には面白い発見だったので、ある日、長男との電話で、その嬉しさを話しました。そしたら彼答えて曰く「河馬がどうして何時も水の中に居たがるのか解るでしょう」そして続けて「こんな例えは一寸マミには悪かったかな?エヘェへェ」ですって。何も母親が肥って居るったって、河馬はないでしょう。憤慨して主人に話したら、彼、物凄く喜んでしまって、それからは私の事を河馬と呼ぶのです。浮き板を抱いてバシャバシャして楽しんでいる私の前に泳いできて、
「河馬 河馬 河馬ちゃん 河馬姑娘 チャカチャカチャンチャン 河馬おばさん」
と囃し立てます。でも、こっちは足の付かない深さに居て浮き板から手を離せず、反撃の仕様がありません。
そっと、誰も見ていない鏡の前に立ってみました。テキサスの真夏の太陽に、毎日一.二時間も晒された肌は、浜の漁師さんもかくやとばかりの赤銅色、娘の家で毎日することも無く、ごろごろしているので、またまた増えた体重とこの体形。なるほど河馬と言われるのもむべなるかなと、秘かに長男の形容を感心してはいるのですが、主人にこうからかわれては頭に来ます。ですから、陸に上がってから主人を「痩せ猿っ」と言い返すのですが、どうもこっちに勝ち目は無さそう。
更にいけないのは、水辺の薮蚊。台湾に戻る前の日の午後、お別れにもう一度プールに入ったのです。「午後は蚊が居るから」と言う娘の忠告をすっかり忘れていました。涼しいと喜んで入った潅木の蔭に潜んでいた、物凄い薮蚊の大群。アメリカの蚊はとても大きく、まるで蠅の様な大きな羽音をさせて、その執拗な事。急いで木陰から日向に出てきても、飢え切っているのか、ずっと付いてきます。浮き板は命板ですので手を離せず、やっと背の立つ場所まで来てから払い除けましたが後の祭り、既に顔中を刺しに刺されていました。「言ったじゃないの」と薬を付けてくれながら言う娘達の傍で、さすがに主人も一言もありませんでした。
赤くはれ上がったのが顔や額際に羅列して、台湾に戻っても凸凹顔は暫く消えず、とんだアメリカ土産でした。
更にもう一つ。
河馬ではないけど、私は本当に水に浸かって遊ぶのが好きになってしまって、何時までも上がりたくありません。それにストップを掛けるのが体の内側から来る生理的要求。つまり、おトイレです。プールの横には、別棟になってピンポンルーム、バーベーキュープレース、更衣室、と並んでトイレもあるのですが、婿も亡くなり、子供達もそれぞれの大学に行ってしまっているこの家、トイレは時折来る庭師達が使っているだけで、埃だらけ。面倒でも私は母屋に入って自室のトイレを使う事にしていました。その日もそれでプールから上がったら、一緒に居た次女が「誰も見ていないから、そこらの芝生で用を足せば? 私が庇ってかばってあげるから」と言うのです。「駄目よ。いくら誰も見ていないからって、そんな事できません」と言う私に次女曰く「大丈夫よ。エマだってそうしていても大丈夫なんだから」。エマとはここの飼い犬の名で、家族同様の大型ポインターです!!!!!!! とうとう母親は河馬ではなくて犬と同格にされました。しかし「エマだってそうしていても大丈夫なんだから」とはちょっとおかしい、と聞きただしました。正解は エマは何時でも芝生の上におしっこしているけど、芝生はその為に枯れてしまう事がなかったから、マミのも「大丈夫」芝生に取っては無害。だと言うことでした。この娘は食物の農薬にとても神経質で、私の数少ない英語の単語の中に、「オーガニック(無農薬)」と言う言葉が入っているのも、毎日彼女から聞かされているからです。食物転じて植物の農薬にも関心を持っている彼女、何はともあれ芝生への被害?が真っ先に頭にきたのでしよう。
河馬にされ、犬と同格になり、芝生にも遠慮しなければならない母親。一体私の子供等は母親を何と思っているのでしようね。でもこの事は主人には言いませんでしたよ。又何を言われるか知れませんものね。前車の轍は踏まぬ事です。
アメリカでの休日の報告でした。 心心より 2005年10月4日
水の中で歩くと膝の運動になると言われているので、プールに入るのも、実は今度の旅行の目的の一つでした。
私は、プールはここのにしか入りません。よそのプールは衛生が信用できないし、この体形を衆人環視の中に晒す勇気もありません。孫達は、「安心よ、おばあちゃんよりずっと肥って見っとも無い年寄りでも、平気で入っているから」とへんな慰め方をしてくれますが。其の孫達にも私は見られたくなく、以前来た時には、孫達の、学校に行っている時間を見計らってプールに入っていました。あれから何年たったのでしようか、孫達は皆大学に進学して他所に居るので、今年は誰にも気兼ねなく水着姿になれました。プールの淵に沿って植えられた潅木が、水に影を落としていて、其処なら涼しいのです。
プールに入るのは何年振りでしょうか。昼近くの日差しに暖められた水はそんなに冷たくなく、足をそろりそろりと差し入れ、腰、胸、と体を沈めて、首まで入った時の快感。そろりそろりとプールの縁を掴みながら木陰に向かって歩く私をかばって、長女が浮き板を持って水に入って来ました。金槌の私には浮き板が必要なのです。以前来た時、浮き板を取り落として水の中に沈没した事がありました。あわてて、体が逆様になっているのも知らず、必死になって足をめったやたらに蹴ったのですが、当然の事に足が底に付く筈がなく、幸い直ぐ傍に居た長女が引っ張り上げてくれて命拾い。立ち上がってみたら、実は胸ほどの深さの所で溺れかけていた訳で、面目も無かったけど、確かに怖い思いでした。それもあるし、膝もずっと弱っても居るので、この危なっかしい母親を一人で水に入れてはいけない。と言うのが、子供達の約束だったようです。すらりと形良く痩せている長女の水着姿はとても美しく、こんなに綺麗なのに一人ぼっちになって、と不憫な気持ちが心を過ぎります。
でもそれはそれで、私は気に入った水遊びに毎日熱中していました。水の中での足の体操。バレーのように足が自在に動いてくれます。其のうちに水に慣れて怖く無くなり、浮き板を使ってプールの端から端まで泳ぎの真似事をしたら、見物に来ていた次女が 「マミ凄い、太平洋横断だ」 と囃し立て、プールサイドで小説を読んでいた主人まで水の中に引き入られてしまいました。
毎日そうして二時間ばかり遊んでいましたが、水の中に長い事浸かっていると、水の浮力に慣れて、上がる時、体がとても重く感じられます。それも水遊びの経験の少ない私には面白い発見だったので、ある日、長男との電話で、その嬉しさを話しました。そしたら彼答えて曰く「河馬がどうして何時も水の中に居たがるのか解るでしょう」そして続けて「こんな例えは一寸マミには悪かったかな?エヘェへェ」ですって。何も母親が肥って居るったって、河馬はないでしょう。憤慨して主人に話したら、彼、物凄く喜んでしまって、それからは私の事を河馬と呼ぶのです。浮き板を抱いてバシャバシャして楽しんでいる私の前に泳いできて、
「河馬 河馬 河馬ちゃん 河馬姑娘 チャカチャカチャンチャン 河馬おばさん」
と囃し立てます。でも、こっちは足の付かない深さに居て浮き板から手を離せず、反撃の仕様がありません。
そっと、誰も見ていない鏡の前に立ってみました。テキサスの真夏の太陽に、毎日一.二時間も晒された肌は、浜の漁師さんもかくやとばかりの赤銅色、娘の家で毎日することも無く、ごろごろしているので、またまた増えた体重とこの体形。なるほど河馬と言われるのもむべなるかなと、秘かに長男の形容を感心してはいるのですが、主人にこうからかわれては頭に来ます。ですから、陸に上がってから主人を「痩せ猿っ」と言い返すのですが、どうもこっちに勝ち目は無さそう。
更にいけないのは、水辺の薮蚊。台湾に戻る前の日の午後、お別れにもう一度プールに入ったのです。「午後は蚊が居るから」と言う娘の忠告をすっかり忘れていました。涼しいと喜んで入った潅木の蔭に潜んでいた、物凄い薮蚊の大群。アメリカの蚊はとても大きく、まるで蠅の様な大きな羽音をさせて、その執拗な事。急いで木陰から日向に出てきても、飢え切っているのか、ずっと付いてきます。浮き板は命板ですので手を離せず、やっと背の立つ場所まで来てから払い除けましたが後の祭り、既に顔中を刺しに刺されていました。「言ったじゃないの」と薬を付けてくれながら言う娘達の傍で、さすがに主人も一言もありませんでした。
赤くはれ上がったのが顔や額際に羅列して、台湾に戻っても凸凹顔は暫く消えず、とんだアメリカ土産でした。
更にもう一つ。
河馬ではないけど、私は本当に水に浸かって遊ぶのが好きになってしまって、何時までも上がりたくありません。それにストップを掛けるのが体の内側から来る生理的要求。つまり、おトイレです。プールの横には、別棟になってピンポンルーム、バーベーキュープレース、更衣室、と並んでトイレもあるのですが、婿も亡くなり、子供達もそれぞれの大学に行ってしまっているこの家、トイレは時折来る庭師達が使っているだけで、埃だらけ。面倒でも私は母屋に入って自室のトイレを使う事にしていました。その日もそれでプールから上がったら、一緒に居た次女が「誰も見ていないから、そこらの芝生で用を足せば? 私が庇ってかばってあげるから」と言うのです。「駄目よ。いくら誰も見ていないからって、そんな事できません」と言う私に次女曰く「大丈夫よ。エマだってそうしていても大丈夫なんだから」。エマとはここの飼い犬の名で、家族同様の大型ポインターです!!!!!!! とうとう母親は河馬ではなくて犬と同格にされました。しかし「エマだってそうしていても大丈夫なんだから」とはちょっとおかしい、と聞きただしました。正解は エマは何時でも芝生の上におしっこしているけど、芝生はその為に枯れてしまう事がなかったから、マミのも「大丈夫」芝生に取っては無害。だと言うことでした。この娘は食物の農薬にとても神経質で、私の数少ない英語の単語の中に、「オーガニック(無農薬)」と言う言葉が入っているのも、毎日彼女から聞かされているからです。食物転じて植物の農薬にも関心を持っている彼女、何はともあれ芝生への被害?が真っ先に頭にきたのでしよう。
河馬にされ、犬と同格になり、芝生にも遠慮しなければならない母親。一体私の子供等は母親を何と思っているのでしようね。でもこの事は主人には言いませんでしたよ。又何を言われるか知れませんものね。前車の轍は踏まぬ事です。
アメリカでの休日の報告でした。 心心より 2005年10月4日

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